Hermann Gottschewski    

東京大学 平成24年度冬学期 総合科目「比較文化論」    『ドイツ語文化圏と歌』

月曜2限 アドミニ棟学際交流ホール

12回 平成25128

 

シューマンの連作歌曲――《女の愛と生涯》を中心に

1 《女の愛と生涯》

詩の内容:

第一曲 一目惚れ

第二曲 遠い彼への讃歌

第三曲 彼も愛してくれていることを知って

第四曲 婚約

第五曲 結婚、姉妹との別れ

第六曲 妊娠

第七曲 子どもが生まれて

第八曲 旦那の死

(原詩では九番にお婆さんから孫への言葉があるが、シューマンはそれを省略した。)

生涯から「もっとも重要な場面」を一人の女性の主観的な立場から歌っているものではあるが、一つの「ストーリー」にはなっていない。シューマンは音楽によって詩に直接言われない歌同士の関連を作っている。例えば第五曲(結婚)では第一曲(一目惚れ)の調、すなわち原調に戻るのみならず、拍子とテンポが異なるものの、第一曲の歌い出しに類似している旋律を使っている。また、第八曲では、「君は今、君の死によって、初めて傷を付けた」という内容の詩の最後に「私は自分の中の世界に浸り、ベールを下す。そこに君と失った幸せがある、君よ、私の世界よ。」という言葉の後にピアノの後奏(この歌の後奏というより全体の後奏)で第一曲の調に戻って、その主題そのものが無変化で再現される。つまり「自分の中の世界」には最初に逢った時の思い出がある、ということが音楽的に描かれている。

授業では特に第六曲を扱う。その詩は以下の通り。

 


(ト長調)

Süßer Freund, du blickest mich verwundert an,

Kannst es nicht begreifen, wie ich weinen kann;

Lass der feuchten Perlen ungewohnte Zier

Freudig hell erzittern in dem Auge mir!

 

Wie so bang mein Busen, wie so wonnevoll,

Wüsst’ ich nur mit Worten, wie ich’s sagen soll;

Komm und birg das Antlitz hier an meiner Brust,

Will ins Ohr dir flüstern alle meine Lust.

(ハ長調の中間部)

Weißt du nun die Tränen, die ich weinen kann,

Sollst du nicht sie sehen, du geliebter Mann!

Bleib an meinem Herzen, fühle dessen Schlag,

Dass ich fest und fester nur dich drücken mag!

(ト長調)

Hier an meinem Bette hat die Wiege Raum,

Wo sie still verberge meinen holden Traum;

Kommen wird der Morgen, wo der Traum erwacht

Und daraus dein Bildnis mir entgegen lacht!

 

 

愛しい人よ、あなたは戸惑う様に私を見ている、

私が何故泣いているのか分からないのでしょう

見慣れぬ真珠の涙が喜びで輝くのを

その侭にしておいて下さい。

 

私の胸はなんとおののき、なんと幸せなんでしょう

この思いを言葉で伝えることができるなら!

こちらに来て顔を私の胸に埋めて下さい、

私の全ての気持ちを耳元でささやきたい。

 

今あなたは私の涙を知っているのだから、

愛しい人よ、もう見ないで下さい。

私の胸に留まり、鼓動を感じて下さい、

そうすれば、もっともっとあなたを抱きしめたい。

 

ここに、私のベットの横に揺かごの場所がある、

私の夢の可愛い赤ん坊を静かに守るために、

夢から覚めるときがきっと来る、

そして揺かごからあなたの面影が私に微笑みかける。

 


第六曲の始まりをまず第五曲との関連で理解しなければならない。第一曲と同じ調(変ニ長調)である第五曲の詩は姉妹との別れで終わっているが、そのピアノの後奏はニ―ハ―変ロ―変ロという旋律に三度、五度、六度を付けたモチーフの繰り返しで終わっている。それはベートーフェンの《告別》のピアノソナタ(作品81a)の引用として読み取れるだろう。

     


《女の愛と生涯》の第五曲のピアノ後奏の終了

 

ベートーフェンの《告別》の冒頭部(初版譜)。音符の上にドイツ語でLebe wohl(さようなら)という文句が書かれている


ともかく(引用として解釈すると関係なく)その後にはこの連作歌曲のもっとも急な調の変化があって、結婚が過去との切れ目であることが表現されている。そして次に妊娠をテーマとした第六曲は新しい始まりである。この始まりは第五曲の終わりのモチーフを鏡の形にした形で始まる。

《女の愛と生涯》の第六曲の冒頭部(ピアノ)。調はト長調。旋律は上記のニ―ハ―変ロ―変ロを逆さにして(音楽用語で「反行形」という)嬰へ―ト―イ―イとなっているが、それにやはり三度、(減)五度、六度の音程が付けられている(上の譜例の一番下の声部)。

その後に声が「Süßer Freund」(愛しい人よ)という言葉で入るが、この三音からなる旋律(ニ―嬰イ―ロ、音程で言えば減四度下がり、短二度上がる、以下の譜例でで囲んだところ)はこの歌のもっとも重要なモチーフで、各部で多く使われている。

例えば調がハ長調に転調する中間部ではこのモチーフがバロック風に声とピアノの左手で模倣され、模続進行(ゼクエンツ)を成している。

しかしこのモチーフはこの曲で初めて出てくるのではない。「減四度」という珍しい音程が含まれているので他の曲でも確認し易いが、この連作歌曲ではそれが第六曲以前で声の旋律の途中で二回現れる。まず第一曲では、二つの別の音が間に入った形で出て来る(変ホ―ロ―ハ)。

また第二曲では以下のところで、曲の調が違うが、同じ絶対音で現れる。

その箇所の歌詞に注意するとschwebt sein Bild mir vor(彼の面影が浮かんでくる)も、nur betrachten deinen Schein(ただあなたの姿を眺めるのみ)は女性の中に想像している彼の面影に関わる文句である。第六曲ではこのモチーフが特定の文句に付いているのではなく、全体の構造を支配しているが、第六曲の歌詞が「dein Bildnis」(あなたの面影)の文句が最後の詩行にあり、シューマンがそれを取り出して歌の最後の言葉にしている。

(第六曲の終了部)

そこから、シューマンが「面影」をこの歌のモットーと解釈していることが考えられる。このモットーは歌詞で最後にしか出て来ないが、音楽ではこの曲の冒頭から表現されている。この終了部では短四度のモチーフが旋律で使われていないが、ピアノの旋律ではで囲んだ所で別のモチーフが現れ、それがwie im wachen Traume白昼夢(はくちゅうむ)の中のように)という第一曲の言葉に関連があり(このページの一番上の譜例を参照)、同じく六曲目の詩の終了部に現れる「夢から覚める」という文句を描いていると考えられる。

 

この様にシューマンの連作歌曲では(他のシューマンの連作作品、例えばピアノソロのための《謝肉祭》などと同様に)各曲の間に複雑な相互関係があって、また調の選択、曲から曲に進行する時の調の関係、全体の調の流れなどにも深い意味を読み取れる。連作作品はそれぞれ独特の構造になっているのは注目される。たとえば調に関していえば(先週の資料としてホームページにアップしたもの)、《女の愛と生涯》《詩人の恋》は全く別の傾向を表している。《女の愛と生涯》には調の統一性が強く、五度圏でいえば最初は原調からフラットの方向に下がり、第五曲で原調に戻り、そこからシャープの範囲に上がり、後奏では原調に戻る、という具合である。《詩人の恋》ではそれに対して原調からフラットの方向にどんどん下がって、「一週する」ことによって最後で原調に近い所に戻る。

シューマンの連作の楽譜はネットでダウンロードできる

《女の愛と生涯》http://imslp.org/wiki/Frauenliebe_und_-leben,_Op.42_(Schumann,_Robert)

《詩人の恋》http://imslp.org/wiki/Dichterliebe,_Op.48_(Schumann,_Robert)

授業で聴かせる録音はhttp://www.youtube.com/watch?v=5mzFXtBUkIs