2008年度 比較思想
講義題目:和 ― harmonia
「調和」、「協和」、「和声」、「和楽」などの単語に含まれる「和」という字は異なる要素の善い相互関係を示し、東洋思想では重要な位置を占めているが、西洋の神話や哲学でもharmonia(独仏 Harmonie、英 harmony)という名称で古代から重要な役割を果たしてきた。宇宙万物(マクロコスモス)の秩序を示し、それが世界にあるそれぞれの事柄 — 特に有機体、人間の身体および精神(ミクロコスモス) — に反映し、その原理が音楽の(広義の)和声に代表される。
「和」についての思想や学説は、東洋では陰陽や礼楽などの思想、西洋では比率論などで展開され、音楽の和声論などで具体化される。
しかしながら「異なる要素の善い相互関係」に共振する倫理的な命法 — つまり人間が世界の秩序の中に自分自身の立場を把握し、それに従った行動を行う道徳的な要求 — に因って、「和」の理想が人間社会の権力関係や差別を保護する保守主義の傾向を持ち、国粋主義・社会主義・ファシズムなどの思想家によって「調和しないもの」の抑圧や追放、あるいは絶滅の遁辞として悪用されたこともある。
「和」の思想史にはそういう背景もあって、ある理想郷によって起こった社会変化が激しかった20世紀には「和」の命法に対しての反撥も激しく見られ、「無調音楽」の出現はそういう意味もあったと思われる。
この授業ではプラトンと礼記(らいき)から始めて代表的な文献を読み、最後には現代の社会のありかたについても考えたいと思う。
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