Hermann Gottschewski
2011年度(通年)
『音楽分析論:録音された音楽の分析』(音楽的時間を中心に)
5月2日11時半〜13時 現象としての「音楽的時間」
音楽の時間的構造を計る基準となる「時計」は原則として音楽自体によって成立する。その時計は例えば「拍子」などである。
拍子は音楽の中に存在すると思われているが、音楽の外にあるものにつながる場合が多い。(例えば指揮者・演奏者・舞踊家・聴き手に観察できる身体運動など。)
従って音楽の時間を分析することは、音楽の中にどの様な時間の基準(「時計」、「拍子」、「グルーヴ」など)が成立するかという「メトリカル(metrical)」な分析と、音楽の細部の時間はこの基準で計られている時間枠の中にどの様に分配されているかという「リズミカル(rhythmical)」な分析の二つに分かれる。メトリカルのものは計るもので、リズミカルなものは計られるものである。(注:ここの「メトリカル」と「リズミカル」の概念の区別はゴチェフスキ独特のもの。歴史的にはこの言葉に様々な意味変化があり、文献に出てきた時には著者がどの様な定義によっているか確認する必要がある。)ただしこの両方は必ずしもしつも厳密に区別することができない。(大きいレベルで「計られる」ものは小さいレベルの基準となり、「計る」ものになることがある。)
メトリカルなものは原則として繰り返しによって成立する。
音楽的時間を尺八の録音で発見してみよう。
都山流本曲『慷月調』1行目(中尾都山作曲、明治36年、高平艟山演奏、1991年録音、この部分の長さは70秒。以下のURLで聴くことができる。)
http://deutsch.c.u-tokyo.ac.jp/~Gottschewski/LinguaLatina/recitatio/syakuhati.mp3
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この部分は8つのフレーズ(息継ぎの繰り返しにより成立するもの)に分かれる。
第二フレーズの拡大:
これだけでは分かりにくいが、このフレーズでは一つの音形が繰り返され、繰り返しがスピードアップされる。この動きは「拍子」とは言えないでしょうが、一つのテンポを成立させるのでゴチェフスキの用語では「メトリカル」の現象である。
第6フレーズの頭の部分の拡大:
diminuendoとともにヴィブラートのスピードアップとスピードダウンが観察される。ヴィブラートもマイクロのレベルでメトリカルの現象である。
メトリカルな現象を作り上げる音楽の反復運動は主に以下の種類に区別される
(1)音楽の「材料」に見られる繰り返し(例:二番のフレーズの音形)
(2)音楽を演奏する時に繰り返される作業(例:フレーズを作り上げる息継ぎ)
(3)音楽を感じる(演奏する・聴く・想像する)時に行われる、又は想像される運動
その三つが相互隔意作用する時も多い。例えばヴィブラートは演奏者の肺からでる反復された運動(2)でもあるし、音楽のピッチやヴォリュームの変化(1)としても観察できるし、聴き手には「震える運動」(3)としても感じられる。しかし分析ではそれらを区別して考える必要もある。(1)だけが客観的に録音データから読み取られる。(2)はヴィデオ録音などで客観的に観察することができる場合がある。(3)は音楽的にもっとも重要な部分だが、客観的に読み取れるものではない。聴き手の主観・解釈が関わる部分である。
音楽様式によって単純なメトリックにおいて複雑なリズムを作り上げる「リズミカル」な音楽(例:ストラヴィンスキーの多くの曲)と単純なリズムで複雑なメトリカル構造を作り上げる音楽(例:ショパンの多くの曲)などがある。
アンサンブルではさらに演奏者同士の時間的なコミュニケーションを考える必要がある。
近代的な西洋音楽では原則として「一つのメトリカル時間」が音楽全体を支配する。それがスコアーで縦に揃っている音符と小節線として象徴的に表されている。大きいアンサンブルでは指揮者がその時間を指導する。室内音楽では演奏者たちが揃って息したり身体を動かしたりすることによって音楽的時間を共有する。
近代以前の西洋音楽や東洋音楽では演奏者たちは必ずしも「一つのメトリカル時間」を共有しない。たとえば中世の「モテット」では声部によっての「動きの違い」が重要な音楽的要素となっている。
音楽的時間についての考察を含む論文は以下のURLからダウンロードできる。(22MBなのでダウンロード前にインターネット環境に注意!)
http://fusehime.c.u-tokyo.ac.jp/gottschewski/doc/Poetic_Form_and_Musical_Form.pdf
この論文の205ページに関わる聴覚例:
http://deutsch.c.u-tokyo.ac.jp/~Gottschewski/LinguaLatina/recitatio/bansiki_netori_1903.mp3
http://deutsch.c.u-tokyo.ac.jp/~Gottschewski/LinguaLatina/recitatio/bansiki_netori_1989.mp3