Hermann Gottschewski

東京大学　平成24年度冬学期　総合科目「比較文化論」 『ドイツ語文化圏と歌』

月曜2限　アドミニ棟学際交流ホール

第11回　平成25年1月21日

シューベルトとシューマンの歌曲の調、または連作歌曲の調の構成

歌曲は歌手の音域を考えて移調することが多いので、一つの歌曲の「原調」に拘るのが現実的ではない。また、詩の内容から男声が歌った方が良いような歌（これはレパートリーの大多数）と女性が歌った方が良いような歌はあると言っても、基本的にどの歌曲も男声でも女性でも歌える様に考えられている。十九世紀後半からシューベルトとシューマンの歌曲全集に「高い声（ソプラノまたはテノール）」「中の声（メゾソプラノまたはバリトン）」「低い声（アルトまたはバス）」のための三種類の出版譜が普及している。

しかし連作歌曲では一曲毎の調だけではなく、複数の曲のお互いの調の関係も重要である。もっとも単純な視点から、同じ調ばかりの曲が続けば変化が少なく耳が疲れる、調があまりにも激しく変われば統一感がない、ということである。しかし調の移り変わりにもっと深い、感情の移り変わりにつながるような、あるいは音学の構造面につながるような意味が含まれる場合もある。

移調版は作曲家の意図を反映していない場合もあり、必ずしも全ての調の関係が保たれているとは言えないので、連作歌曲の調の意味を分析するには原調版を使わなければならない。以下の話しは《美しき水車小屋の娘》、《冬の旅》、《詩人の恋》と《女の愛と生涯》の原調で観察できるものである。

参考資料（ゴチェフスキ作成）http://deutsch.c.u-tokyo.ac.jp/~Gottschewski/history/uu12/20130121/Originaltonarten.pdf

一般にはシューベルトやシューマンの歌の調にフラットとシャープが少ない（三つ以下）傾向がある。それは当時多くの調号が付いている楽譜に「読みにくい＝難しい音楽」というイメージがあったからではないか。つまり歌曲の買い手が主に素人だったので、そういう人を配慮したものであろう。（作曲家側から見れば、それは直接買い手を配慮するというより、調号の多いものは出版社が拒否するという経験に基づいている判断だったかもしれない。）

1　シューベルトの場合

《美しき水車小屋の娘》には数曲が同じ、または五度圏で近い調が続く傾向も見られるものの、《冬の旅》にはそういう配慮がほとんど見られない。《冬の旅》には「最高音が高すぎる」という単純な理由に当てはまる曲のみがシューベルト自身によって後で移調された事実からも、シューベルトが続く曲の調の関係をあまり重視していなかったことを読み取れる。

全体的に見て《美しき水車小屋の娘》には長調が多くて、《冬の旅》に短調が多いのは歌詞の内容と関係があると思われる。同じ曲で調号が変わることもしばしばあるが、それは同名の長調短調の交替に限るものである。《冬の旅》ではそういうケースが比較的に多い。

2　シューマンの場合

シューマンの連作歌曲ではシューベルトの様に調号が途中で変わるのが珍しいが、それは調の変化が少ないという意味ではない。ただはっきりした「調の転回」というより一時的な転調が多くて、それが調号の変化というより臨時記号で表されている。シューマンの歌曲には曖昧な調、主和音で終わらない歌曲等が多くて、和声的に極めて個性的である。

シューマンの他の連作歌曲でも見られる様に、《詩人の恋》と《女の愛と生涯》では調の連続性と首尾一貫性に配慮されている。シューベルトの歌と違って一曲中で調号が変わることはほとんどない。最後の歌曲の後に調が変わって連作全体を括る後奏があるのはこの二つの連作歌曲の特徴である。《女の愛と生涯》では後奏が最初の歌曲の調とメロディーを回想させる。《詩人の恋》の後奏も連作の別の歌のメロディーを回想させ、最初の歌と微妙和声の関係を持っている。また、《詩人の恋》の調は五度圏を一周するという、他のシューマンの連続歌曲に見られない特徴を持っている。詳細は授業で説明する。