Hermann Gottschewski

2011年夏学期『比較芸術』「ベートーヴェンのピアノソナタとその周辺」

 

5月 19

以下は全て根本的な、重要な知識なので、試験のためにもよく読んで下さい!

 

注 下記の文章には様々な例が出て来るので、一々楽譜や録音を取り上げないが、復習する時に手元にない場合は、授業のホームページに載せたリンクを使って楽譜をご覧になって下さい。また、録音はyoutubeに多数あるので、自分で探して下さい。

 

「ソナタ形式」と「ソナタの形式」

「ソナタの形式」と言えばそれは一つの作品全体の形式、例えば「アレグロ・緩徐楽章・メヌエット・ロンドという四楽章形式」を意味するだろう。それに対して19世紀以来一般的に「ソナタ形式」と言われているのは一楽章の特定の形式を表す。多くの場合にはソナタの第一楽章がソナタ形式になっているが、終楽章がソナタ形式になっている場合もある。また緩徐楽章などもソナタ形式で作曲されることがある。「ソナタ」というタイトルが付いていても、どの楽章もソナタ形式になっていないケースも希にある。そして「ソナタ」というタイトルが付いていない作品にもソナタ形式が使われるのが多い。例えば交響曲、協奏曲、室内楽の各種など。これは曲のタイトルと形式が矛盾しているようにも見えるかもしれないが、その理由としては「ソナタ形式」という音楽理論的な概念が後でできたもので、その時に有名なソナタの形式が模範になったからである。つまり、ソナタと交響曲などが作曲された時にソナタ形式は伝統的な作り方として存在していたが、「ソナタ形式」などという名称が存在していなかったので、ソナタ形式になっている曲を「ソナタ」と呼んだり、ソナタ形式になっていない曲を「ソナタ」と呼ばなかったりする理由がなかったのだ。

 

以下の要素が揃っていなければ「ソナタ形式」とは言えない。

        「提示部」と「展開部」(あるいは「中間部」)と「再現部」が存在すること。提示部の前に「導入部」が入ることがあるが、大体の場合にはそれは後の形式との関係性が弱いため、ソナタ形式の一部ではなく、ソナタ形式の前にある「序奏」と解釈されることが多い。「再現部」の後に「結尾部」が入る場合も多く、それがソナタ形式の重要な一部となる場合も多い。

        「提示部」について

a)       「主調」で始まり、主調と異なる「副調」で終わる。

b)       「主調」からまだ離れない最初の部分を「主楽節」と言い、それ(あるいはその冒頭部)が「第一主題」と呼ばれることも多い。

c)       「副調」が確定してからの部分を「副楽節」と言い、その冒頭部、あるいはその途中でまとまった主題として聞かれる部分が「第二主題」と呼ばれることも多い。第一主題とのコントラストを成す、はっきりと確認できる「第二主題」の存在をソナタ形式の必須要素とする理論家も居るが、ゴチェフスキはこの説に同意しない。(もし同意すればこの授業で扱っている一部の楽章は除外される。)

d)        主楽節(主調)から副楽節(副調)に移行する途中で主調から離れ、まだ副調に到着していない部分がある場合(そういう場合が極めて多い)、その部分を「移行部」と呼ぶ。移行部で第一主題と異なる独立した主題が出現することもあるが[1]、副楽節に出現する主題と混合しないためにそれを「第二主題」と呼ばないで、「移行部主題」と名付ける方が良い。

e)        副楽節の終結部(つまり提示部全体の終結部)に独立した主題が奏されるのが多く、それを副楽節から区別して「終楽節」と「第三主題」と呼ぶことも多い。ただしそれはソナタ形式の必須要素ではない。終楽節は副楽節と同じ調である。(ただし副楽節と終楽節が同主調関係にある場合もある。)

        「提示部」と「再現部」の関係

a)        「再現部」は基本的に「提示部」と同じ音楽的経過で、「主楽節」、「副楽節」、「終楽節」とそれぞれの主題が順番に確認できる。原則として提示部のそれぞれの主題とそれ以外の重要な部分がそのまま再現される。ただし特に後期のソナタには再現部が展開部から影響を受けて、再現部として再認識できる範囲で変奏されることもある。

b)        「再現部」では「副楽節」が「提示部」と違って「副調」ではなく、「主調」に転調させて再現される。調の都合によって長調の主題が短調で再現されたり、短調の主題が長調で再現されたりすることもある。ただしそれを避けるために副楽節あるいは終楽節が「主調」ではなく「主調の同主調」で再現されることもある。(授業で具体的に作品2/1と作品57の場合を見てみたい。それ以外に例えば作品30/1の第一楽章と作品111の第一楽章が興味深い。)

c)        「副楽節」の転調関係によってその前の「移行部」がかなり作り替えられる場合が多くて、それによって「再現部」の長さが「提示部」とかなり異なる場合もある。(短い場合も長い場合もある。)

 

以下は「必須要素」ではないが、ベートーヴェンのソナタ形式で多く見られる様子である。

        「展開部」について

a)        「展開部」は主調と副調の範囲から一旦離れて、和声的に複雑な経過を持つ場合が多い。

b)        「展開部」では「提示部」の「素材」(主に主楽節の主題やモチーフ)が変奏されたり、小さい部分に切られたり、つまり「展開されたり」するのがよく見られる。授業で扱う典型的な例は作品28のソナタの第一楽章の展開部である。「展開部」という名称はその性質によるものである。しかしこの部分で主題の展開が中心的な役割を果たさない場合もあり(例えば作品2/1の第四楽章)、その場合には「展開部」というより「中間部」の名称がふさわしいだろう。

c)        「展開部」は「提示部」と「再現部」と同じほどの重要性を持ち、長さとしてもそれに相当する場合が多い。ただし作品10/1の第三楽章の様に展開部が極めて短いケースもある。

        「結尾部」について

a)        「結尾部」はソナタ形式の必須の要素ではない。特に初期のソナタではそれが無い場合も多い。

b)        「結尾部」が比較的に長い場合にはそれが「第二の展開部」という役割を果たすこともある。中期以降のソナタでは結尾部でテンポが速くなるケースもある。

        「主調」と「副調」の関係

a)        主調が長調の場合、副調は原則としてその五度上の「属調」である。これを「ルール」として、他の場合を「例外」と見なすこともできる。

b)        ピアノソナタでa)に対しての具体的な例外は作品31/1の第一楽章(副調が属調平行調=長三度上の短調)、作品53の第一楽章(副調が属調平行調の同主調=長三度上の長調)、作品106の第一楽章(副調が平行調の同主調=短三度下の長調)のみである。

c)        主調が短調の場合、副調は原則として短三度上の長調、つまり同じ調号を持つ「平行調」であるが、副調が五度上の短調(属調)のケースも少なくないので、それを例外と見なしてはならない。

d)        ピアノソナタでb)に対して具体的な例外は作品57の第一楽章(副楽節はルールに従って平行調で始まり、第二主題も平行調だが、その後の副楽節はその同主調に変わり、提示部は平行調の同主調、つまり主調から見て短三度上の短調で終了する)と作品106の第三楽章と作品111の第一楽章(両曲の副調は下属調平行調=長三度下の長調)のみである。

e)        a)d)を見れば、主調が短調の場合には副調が長調になることが多く、逆に主調が長調の場合には副調が短調になるのは希(1ケースのみ)である。ベートーヴェンの7割以上のソナタの主調が長調だと考えれば、ベートーヴェンでは「長調」と「短調」は必ずしも「同等」のものではなく、「長調」の方が「優先的な調」だと分かる。(ただし短調の曲には「名曲」が比較的に多い。)また、b)d)の例外を見れば、主調―副調の関係がルールに従わない場合にはその主音は必ず「三度関係」にあると分かる。

        繰り返しについて

a)        もっとも典型的なケースでは提示部が繰り返され、後の部分は繰り返されない。

b)        緩徐楽章がソナタ形式になっている場合(そういうケースは数が少ない)、提示部は繰り返されない。

c)        中期以降のソナタでは第一楽章などにも提示部の繰り返しがないケースが増える。作品57の第一楽章はその最初の例である。

d)        特に初期のソナタ、しかし中期のソナタの一部にも、展開部と再現部が繰り返されるケースも見られる。これはソナタ形式のより古い伝統が受け継がれている。そういう場合には、その古い伝統に従って、結尾部がない場合が多いが、結尾部がある場合には、それが繰り返しに含まれる場合(例えば作品78の第一楽章)と含まれない場合(例えば作品79の第一楽章)がある。



[1]     例えば作品10/3の第一楽章(主調はD-Dur, 副調はA-Dur)の2330小節に現れているh-Mollの主題。